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東海道五十三次完全制覇の旅⑦(舞阪宿・新居宿・白須賀宿・二川宿・吉田宿)

東海道五十三次完全制覇の旅⑦(舞阪宿・新居宿・白須賀宿・二川宿・吉田宿) 旅行記
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今回は舞阪宿・新居宿・白須賀宿・二川宿・吉田宿を巡っていきます。

最後まで読んでいただけると幸いです。

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30.舞阪宿

出典:Wikipedia

日本橋から30番目の宿場町、舞阪宿です。

浜松宿から約2里30丁(約11km)です。

静岡県浜松市西区に所在しています。

舞阪宿は浜名湖のほとりにあり、対岸にある新居宿との間は渡し舟で移動していました。

これを「今切の渡し」と呼んでいました。

この舞阪宿と新居宿は遠州灘のすぐ近くであることから、たびたび津波や高潮の被害にあっていました。

なので、浜名湖の北、内陸側を通るバイパスルートである「姫街道」も整備されました。

舞阪宿の脇本陣跡です。

脇本陣の遺構が残っているのは、東海道では舞阪宿のみです。

舞阪宿のあった辺りの旧東海道です。

宿場町風情が残る街並みになっています。

31.新居宿

出典:Wikipedia

日本橋から31番目の宿場町、新居宿です。

舞阪宿から約1里(約4km)です。

静岡県湖西市に所在しています。

鉄道での最寄りはJR東海道本線の新居町駅になります。

この辺りは東海道新幹線が浜名湖を渡る場所としても有名です。

新居関所です。

今切関所とも言います。

ちなみにこの新居関所は建物が現存する唯一の関所です。

旧東海道沿いの街並みです。

建物にもどこか宿場町の名残があり、橋にも灯籠のようなモチーフがあるため、風情を感じられます。

32.白須賀宿

出典:Wikipedia

日本橋から32番目の宿場町、白須賀宿です。

金谷宿から約1里24丁(約6km)です。

静岡県湖西市に所在しています。

静岡県、そして遠江国最後の宿場町になります。

長かった静岡県もここで最後です。

この付近ではJR東海道本線からは外れます。

国道1号線の「道の駅 潮見坂」の近くになります。

元々は今よりも海岸に近い場所に宿場町がありましたが、津波の被害を受けたことにより、内陸の高台に移転した経緯があります。

東海道本線から外れ、発展から取り残されたためか、街並みが古いまま残っています。

(僕が訪れた時にはここで土砂降りにあったため写真がほとんどありませんでした。申し訳ございません。)

33.二川宿

出典:Wikipedia

日本橋から33番目の宿場町、二川宿です。

白須賀宿から約2里16丁(約10km)です。

愛知県豊橋市に所在しています。

愛知県、そして三河国最初の宿場町になります。

二川宿があったとされる場所の最寄り駅はJR東海道本線の二川駅になりますが、約1kmほど離れています。

そのためあまり開発などはされず、宿場町の風情が残った街並みが現在でも続いています。

二川宿の本陣があった場所は、現在は「二川宿本陣資料館」という施設になっています。

ここの本陣の建物は現存のもので、東海道で本陣の建物が現存しているのは二川宿と草津宿のみです。

本陣跡には高札場を再現したものが置かれています。

高札場とは、幕府が定めた法令などを記した板が掲示されていた場所です。

ちなみに、二川宿本陣資料館では版画の体験もできます。

あらかじめ用意されている版とインクを使って、この写真のような作品を作ることができます。

34.吉田宿

出典:Wikipedia

日本橋から34番目の宿場町、吉田宿です。

二川宿から約1里20丁(約6km)です。

愛知県豊橋市に所在しています。

吉田宿は現在の豊橋市中心部、豊橋市役所や吉田城跡がある辺りに設置されていました。

浮世絵には豊川を渡る吉田大橋と、それを眺めるように立っている吉田城が描かれています。

写真はその吉田大橋へ続く道で、右側にある豊橋市役所のビルの裏が吉田城です。

吉田城の鉄櫓です。

豊川の流れを見下ろすような位置に立っています。

この付近は豊橋公園として整備されていて、城跡の他に美術館やスポーツ施設などが集まった公園になっています。

豊橋市公会堂です。

ロマネスク様式の建物で、竣工は1931年です。

国の登録有形文化財に指定されています。

吉田宿の本陣跡は、今は記念碑が残るのみです。

この周辺はかなり都市化されていて宿場町の面影はほとんどありませんが、豊橋の街の中枢として今でも役目を果たしています。

次回へ続く

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